ヤマスグリ(山酸塊)

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HPVワクチン問題に関する斎藤環氏による意見 —— NHKマイあさラジオ 社会の見方・私の視点 (2018年1月9日放送)の書き起こし

NHK(以下 "N")「『子宮頸癌ワクチン論争で大切なこと』お話は筑波大学社会精神保健学教授で精神科医斎藤環さんです。斎藤さん、お早うございます」

 

斎藤環(以下 "環")「お早うございます」

 

N「子宮頸癌ワクチンと言いますと、その効果の高さについてよく耳にする一方で、このワクチンの接種によってさまざまな副反応を訴えている人もいて、国や製薬会社を相手取った裁判も全国でおこされています。で、この問題をどんな視点で考えればいいのか、今朝は伺っていきますけれども、斎藤さん、まずこの、子宮頸癌ワクチンというのはどういうものなのか改めてご説明いただけますか?」

 

環「はい。現在はですね、あの、呼称が変わりまして、HPVワクチンとなっていますけれども、これはもともとは子宮頸癌のほとんどがですね、HPVすなわちヒトパピローマウイルスの感染で起こると、まあいう事実がありまして――」

 

N「ヒトパピローマウイルスですね?」

 

環「はい、そうです。そのウイルスの感染をですね、ワクチンの接種で予防していこうと、いうものがですね、この子宮頸癌ワクチンの発想だったわけです。であのぉ、子宮頸癌を惹き起こすヒトパピローマウイルスにはいろんな種類があるんですけれども、特に、あの、リスクが高いタイプのウイルスが、2種類あるんですね。この2種類のワクチン(註:「ウイルス」の言い間違いと思われる)の感染を予防する2種ワクチンというのが日本で、ま、承認されてまして、これによって、えぇ、子宮頸癌にかかるリスクを6割から7割、減らせるという効果があると考えられています」

 

N「厚生労働省は以前はこの子宮頸癌のワクチンを積極的に打つよう、政策を行なってきましたねぇ?」

 

環「そうですね。あの、2010年度に公費に助成が始まりまして、まあ積極的に接種を奨めていたわけなんですけれども、2013年度からですね、あの、国は公費で接種を促す定期接種という位置づけになりました。えぇ、これによって対象となる年齢の女性の7割程度が、あ、接種すると、いうところまで行ったんですけれども」

 

N「その一方で、ワクチンを接種した人から、身体の不調を訴える声も揚がりました」

 

環「はい。えぇワクチン接種後に、手足の痛みとかですね、それから痙攣、あるいは不登校といったようなですね、さまざまな、あの、症状が出てくると、いわゆる副反応を訴える声が、あぁ、各地で揚がってきました。でぇ、マスコミはですね、あの、そういった方々の声を、繰り返し報道したと、いうこともありまして、厚生労働省はワクチンの接種を積極的に働きかけることを、ま、一時的に中止と、いう方針に切り替えました。で、被害を訴える人たちからは、国や製薬会社を相手取って、損害賠償を求める裁判が全国で起こされていますけれども、こうした経緯によってですね、ワクチンの接種率が、それまで70%あったものが1%まで落ち込んでいます」

 

N「斎藤さんは、この問題をどのような視点で見てらっしゃいますかぁ?」

 

環「はい。私は精神科医でもあるんですけれども、社会医学専門医でもあって、この立場から言いますと、やはりまぁ科学的にはっきり分かっているデータをですね、積み上げながら、その知識を広めながらですね、きちんと、政策を立てていくことが大事ではないかと、でぇ、受ける側でもですね、そう言った知識をしっかりと知ることが大事だと、に風に考えています。まぁ現在日本ではですね、子宮頸癌に罹る人が年間1万人を超えていると言われてまして、この癌で亡くなる方が、ま、3千人近いというデータがあります。このワクチンがもし有効であればですね、2種類で60%の癌削減の効果が期待できると、いう研究結果があります。ま、こういった視点からですね、ワクチンの有効性を訴えた功績で、医師でジャーナリストの村中璃子さんが、権威ある科学雑誌『ネイチャー』が主宰するジョン・マドックス賞というのを受賞しまして、ま、なかなかこの事は知られていないんですけれども、もう少しこうした事実も広がってほしいなと思っています」

 

N「一方の副反応についてはどこまで解っているんでしょうか?」

 

環「はい。厚生労働省が訴えを受けてですね、副反応を受けた方の、ま、追跡調査を行なっているんですけれども、えぇ、2014年11月の時点での調査結果としては、ワクチンを接種してきた338万人のうちですね、副反応を訴えたのは2584人、まだ回復してない方が186人、という結果でした。ま、これはワクチンを接種した人の0.005%、という割合に当たります。さらには厚生労働省の別の研究班の調査結果では、接種を受けてない人にも、同様の反応がある事が分かっています。そういった反応がワクチン接種によるかどうかは、現時点では科学的に判断できないと、つまりまぁあの、受けた人と受けてない人に生じた反応の割合に、いわゆる有意な差がなかったと、統計的な差がなかったと、いう事が分かっていますので、そこにワクチン接種の因果関係があるかどうかは、まだ証明できていないという段階です」

 

N「こうした事を踏まえて斎藤さんは子宮頸癌ワクチンについてどんな考えをお持ちですかぁ?」

 

環「はい。まあ一応私の専門の一つである社会医学的な判断から考えますと、まずどんなワクチンでも、わずかながら副反応を示すという事実があります。ただ、こういった問題について、ゼロリスク、つまり全く問題が起こらない、というのを追求し過ぎるのは、あまり合理的とは言えません。疫学ではですね、このような場合、まぁ疫学というのは社会医学の事なんですけれども、ま、リスクとベネフィットの比率で考えます」

 

N「危険性と、便益・利益の比較ということですね?」

 

環「そうですね。受けることの危険性と、受けた結果としてどんないいことが起こるかという事の比較を統計的に考えるわけです。で、HPVワクチンが子宮頸癌を予防できるという直接のエビデンスはまだないんですね。これはなぜかというと、子宮頸癌が発症するまでに非常に長期間の観察を要する疾患なんです。でー、ワクチン接種(註:HPVワクチン接種の事)はまだ歴史が浅いので、現段階では、まぁ十分なデータが得られていないという状況があります。ただし、HPVウイルスが子宮頸癌の発症をもたらすという事、それからHPVワクチンでHPVウイルスの感染を予防できる事、この二つに関しては十分なエビデンスがあるんですね。で、これで疫学的な因果関係で考えるとしたら、HPVワクチンの接種で子宮頸癌の予防ができると考える事には十分な根拠があるという事になります」

 

N「一方で、接種をして副反応が起こったと訴えている人がいるのも事実です。こうした人についてはどう考えるべきですかぁ?」

 

環「はい。副反応が起こった、という事に関してはですね、その因果関係にまだ科学的な根拠が証明されていないから、その反応は無視していいという事にはならないわけです。副反応を訴えている人々に対しては、その訴えを否定したりとかですね、訴えている人を傷つけたり屈辱を与えるべきではないというのが私の考えです。つまり、ワクチンの普及に伴うなんらかの被害者、ということには間違いないと考えられますので、なんらかのケアは必要であると。ケアの中には、端的に対症療法的にですね、その苦痛を軽減するような治療も含まれますしぃ、それから一部、いわゆる身体表現障害というのがあると言われていますので、この場合はメンタルなサポート、すなわちカウンセリングとか認知行動療法とか、ま、そういった治療でですね、改善する可能性も大いにあると考えられますので、包括的な取り組みとしてのケア、がなされることが望ましいと思っています」

 

N「そういたケアを進めていく中で、原因がはっきりしてくるという事もあるでしょうねぇ」

 

環「ま、そうですね。例えば、ま、カウンセリングとかですね、原因というのは、どちらかというと心理的なもの、で考えるほうがいいということもありえるでしょうし、すべてが、その、副反応による、まぁ自己免疫性疾患とかですね、そういったものと結びつけられる必要は必ずしもないと、いうことも見えてくると思います」

 

N「逆に、明らかなエビデンス、科学的な根拠として、これはやはり注射によるものだという事も見えてくる(環「はい」))可能性もありますね」

環「そうですね。ワクチンの成分以外にも、注射という行為自体に対する反応としても副反応もあり得ますし、先程申しました通り、すべてのワクチンはごく僅かながらも、何らかの副反応を伴うという事も知られていますので、ま、そう言ったものに対しては、まぁ国家レベルできちんと補償すると、いう事も並行して考えていく必要があると思います」

 

N「あの、こうした議論というのは、いわゆる子宮頸癌の問題に留まらずに、いろいろな場面で見られる気がしますねぇ」

 

環「そうですね。あの、私がこの事から連想したのは、福島のですね、原発事故以降に起こってきたさまざまな議論ですね、そこにおけるリスクコミュニケーションが、非常に難しいと、という事を連想しました。あちらの場合もですね、やっぱりその、僅かな放射線でも、必ず被害が起こるはずであるという議論と、それに対してはまだ科学的な根拠がない、という議論の対立が未だに続いている状況がありまして、事故の被害というのが、移住によるメンタルな、あるいは社会的なストレスとかですね、そういったものが含まれてくる訳なんですけれども、ま、そういった複雑性を、放射線健康被害という単純に因果関係だけで考えるとすると、そういった、まぁ、あぁ、終わりのない議論に、え、突入してしまうという問題、これが今回のワクチンの問題と非常によく似ていると思います」

 

N「んー。あのぉー、科学技術がどんどん進んでいく中で、科学的な根拠が明確にはならない事象も出てきてしまうと。これに対しては本当に丁寧な対応が必要だということですねぇ」

 

環「はい、仰る通りだと思います。ま、さまざまなシステムがですね、並行的に複合的に作動している、そういう社会ですので、端的な原因と結果という因果関係だけでは説明ができないリスクがこれからも、いろいろと起こってくると思いますので、そういった場面で要求されるのはやはり、コミュニケーションであり対話である、というのが私の現在の考えです」

 

N「ありがとうございました」

 

環「ありがとうございました」